2014年3月26日水曜日

マルタン・アノタ「アベノミクスは成功なのか?」

Martin Anota "L’abenomics est-elle une réussite ?" (D'un champ l'autre, 24 mars 2014)



80年代を通じて日本はGDPの急速な成長を経験したが、この拡大は株価と地価の持続不可能な上昇を伴った。そしてこの資産バブルが80年代後半に至ってはじけ始めたのだった。日経225は1989年から1992年にかけて60%近く下がり、6つの大都市において地価は1991年から1996年の間に半分となり、その後さらに下落を続けた。資産価格の崩壊は、1992年以降日本経済をスタグネーションへと突き落すことによって深刻かつ持続的な影響を与えた。1993年から2012年の間、実質GDP成長率は平均で0.8%であった。インフレ率はゼロ近くとなり、1998年以降日本は幾度もデフレに陥った。その一方で、失業率は生産の下落に対してほとんど反応しなかった。景気循環に対するこうした不感応は、基本的には終身雇用という慣習が広く行き渡っているおかげだ。

不動産と株式のバブル崩壊だけが日本経済が過去数十年で被ったマクロ経済ショックではなかたった。より近年において、日本は他の先進国と同様に2008年世界金融危機を被っただけでなく、2011年の地震もあった。経済成長の弱さは、日本においてはその人口の急速な高齢化や公的債務比率の正に急上昇があるだけに、より一層問題であった。総債務比率は1991年にはGDPの66%であったが今日においては244%となっており、純債務もGDPの140%となっている。この傾向は、経済活動の弱さに起因しており、公的債務自体も最終的には景気を下降させるような効果を及ぼしている可能性もある。投資家はこのような債務水準をもはや許容しないところまできており、国債に対するリスクプレミアムを引き上げることによって公的債務危機が始まることを恐れる声が一部にあるにも関わらず、金利は依然として特異なまでに低い[Hoshi et Ito, 2012]


Paul Krugman (1998)Ben Bernanke (2000)をはじめとする一部の経済学者は、日本の政府当局が十分な積極性を見せていないことを非難した。物価の安定を第一とする日本銀行は、資産価格の崩壊や経済活動の鈍化に対して十分に速やかな対応は行わなかった。日銀の政策金利は、1996年以降ゼロ下限に張り付いているが、総需要を十分刺激するには至っていない。一方次々と交代する政府は一時的かつ規模の小さい景気回復策しか実施せず、時にそれは直後に緊縮策を伴うこともあったために、そうした政策の経済活動に対する拡張効果はとりわけても限定的だった。それに加えて、インフレの加速が見通され次第金融政策を引締める用意があると日銀が定期的に宣言していた事実が財政政策の乗数を弱めた可能性もある [Auerbach et Gorodnichenko, 2013]。しかし、Joshua Hausman et Johannes Wieland (2014)によれば、現在の生産ギャップは大きく、潜在的GDPの4.5~10%あると推定されており、これはつまり経済において多くのリソースが活用されておらず、需要管理政策は経済活動に対し大きな影響を及ぼす可能性があることを示唆している。

安倍首相が経済政策の新たなアプローチに乗り出すのはこうした背景だ。彼は20年に及ぶスタグネーションとデフレに終止符を打つためには過激な行動も辞さないというキャンペーンを行った後、2012年12月26日に首相に就任する。アベノミクスという名を授かった彼の経済プログラムには、金融政策の緩和、財政政策による経済回復、一連の構造改革が含まれる。日本の大名の毛利元就にちなみ、この3つの構成要素は「3本の矢」と呼ばれ、互いに効果を高め合うものであると見られている。

第一の矢は2013年初頭に始まった金融政策のレジーム転換だ。日本銀行は2013年1月22日、これ以降は1991年以来の水準となる2%のインフレ率を目標とすることを発表した。4月4日、日銀の新総裁である黒田春彦は、彼が「量的質的緩和」と名付けた一連の方策、すなわち資産の大量購入とベースマネーの倍増によって、このインフレ目標を2年で達成すると宣言する。インフレの予測を引き上げることにより、実質金利を下げ、ひいては民間主体の支出をかき立てて最終的に日本経済をデフレと流動性の罠から脱出させることを金融政策当局はねらっているのだ。第二の矢は、短期の経済活動を刺激し、公的債務を安定化させるための財政政策だ。2013年2月、政府当局はGDPの2%に相当する景気回復策を発表したが、これは最終的にはGDPの1%相当となり、実質的にはより小さな規模となった。さらに、この財政刺激の後には増税が行われ、増税の景気下降的な影響によって財政政策の景気拡張効果は相殺される見込みだ。消費税は2014年に5%から8%へと引き上げられ、2015年10月には10%となる予定だ[1]。最後に第三の矢は、潜在成長を高め、第一第二の矢によって始まる経済成長の加速を永続化させるための一連の構造改革にあたる。

3本の矢のうち、金融政策の緩和は最も革新的な施策だ。財政刺激策や構造改革については過去の政権も既に採用していた。それに対し、日本銀行によって採用された施策はその規模とその非伝統的な性質によって過去とは一線を画す。Christina Romer (2013)は日本の金融政策の新たな方向付けを、大恐慌からアメリカ経済を救うためにルーズベルト政権によって1933年春に実施された金融政策のレジーム転換になぞらえている。日本と同様の失われた10年に脅かされている他の先進国にとって、日本はまさに金融政策の実験台となっているようだ。

Hausman et Wieland (2014) はこうした経済政策の効果の計測を試みた。彼らはまずアベノミクスに対する金融市場の反応を観察している。2013年を通じ、円はドルに対して21%価値を失い、日経平均は1年で57%上昇した。アベノミクスは2013年でデフレに終止符を打ったようだ。というのも、長期のインフレ期待は1%から1.4%となり、投資にとって好影響となる実質金利の下落を示唆している。年率換算では、2012年12月に消費物価指数は0.1%下落したが、2013年12月では1.6%上昇した。こうしたインフレの加速は主にエネルギーや輸入食品に対して円の下落がもたらした影響に起因するが、ハウスマンとウィーランドはインフレ基調もこの1年で加速したと述べている。また、経済成長もなかなかのものだった[2]。生産は2013年で1.5%上昇し、2012年12月に予測されていたよりも0.9%高い成長となった。アベノミクスは2013年における経済成長に対して0.9~1.7パーセント・ポイント貢献した可能性がある。この経済成長への貢献のほとんどは金融政策の緩和によるもの(財政政策ではない)ことを示唆している。金融政策の貢献は経済成長の1パーセント・ポイント以上を占めているのだ。

[3]中長期においても、アベノミクスはおそらく経済活動への刺激を続ける。しかし専門家の予測では、アベノミクスが確かにGDPの水準と成長率を高めることが示唆されているが、その上昇の見通しは生産ギャップと比べると控えめなものだ。将来における消費税引き上げの引き締め効果(彼らはこれをアベノミクスの外にあるものだと考えている)を分析から除外した場合においても、2022年のGDPの専門家による予測はアベノミクスの3つの矢がなかった場合よりも3.1%高いだけだ。したがって生産の上昇は、日本の生産をその潜在的な水準まで引き上げるには満たない恐れがある。ハウスマンとウィーランドは株価の高騰はそれより大幅な成長を見込んでいる可能性に触れているが、歴史的に見て株式市場は配当の増大に対してかなり出来の悪い指標であったし、GDP成長についてはなおさらだ。

アベノミクスが生産ギャップを埋めることが出来ない理由は、金融政策当局の信頼性の不足によって説明できる。市場や専門家の予測は2%のインフレ目標が依然として信頼性のあるものでないことを示唆しており、これはおそらく安倍首相や日本銀行が経済政策をすぐに変更してしまうことが一部においては予想されているからだ。政府が財政政策を時期尚早のうちに取りやめ、緊縮を選択したのは一度ではない。また、過去数十年において日銀は経済活動の安定化よりも物価の安定を優先し、インフレの加速が見込まれるや否や金融政策の引き締めを示唆するということを幾度も行いさえした。しかし、日本銀行が今は信頼性を欠いているとしても、最終的にはインフレ期待を2%まで高めることを達成するのであれば、実質金利はさらに下がることとなり、金融緩和による経済活動への影響はハウスマン・ウィーランドが示唆するところよりも大きくなるだろう。信頼性のある金融政策はまた、乗数の値を高めることによって財政政策の効果も強化する。

ハウスマンとウィーランドは、アベノミクスにまつわる様々な不確実性を強調しつつ論文を締めくくっている。第一の矢の成功は、最終的には賃金回復の動き次第となる。賃金の上昇無しでは、経済成長の加速は一時的なものでしかなくなってしまうだろう [Botman et Jakab, 2014]。しかし賃金が急速に上昇するのであれば、企業は価格の引上げを行うよう誘発されることで日本はデフレからさらに遠ざかるとともに、消費が経済成長のまさに原動力となるだろう。また、短期においては、消費税の引き上げは経済を収縮させることだろう。ハウスマンとウィーランドはこの影響を分析から除外しているが、この引き締め効果は第二の矢による拡張的効果を打ち消す恐れがある。1997年の日本の不況への転落は、その年に行われた消費税の引き上げに起因すると見る向きもある。長期における最大の不確実性は、おそらくアベノミクス第三の矢に関わるものだろう。この改革の詳細を私たちは未だ知らないのであり、経済活動に対するその効果を見極めることはできないのだ。


[1]訳注;原文ではなぜか「2014年に2%から5%へと引き上げられ、2015年10月には7%」となっていたので修正した。

[2]訳注;原文では「どちらかと言えば期待はずれのものだった」という表現になっているが、Hausman et Wieland (2014)の内容と相反するので修正した。英語"decent"を"décevante"と誤訳したものと思われる。

[3]訳注;このパラグラフはHausman et Wieland (2014)と照らし合わせると色々おかしかったので、全体を大幅に書き直している。


参考文献

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